マタイによる福音書 第19章1〜12節 (新約36頁)
「万事を益とする神」 八束 清牧師
「万事を益とする神」
子どもは、「大きくなったら何になりたいのか」、と尋ねられます。この問いは、自分が何かにならねばならないのだ、ということを暗に意味します。そう、周りから尋ねられなくても、自分で考えなくてはなりません。私は何になるのか、何のために生きるのか。
少なくとも、今のままではこの命の目的を達せられていません。わたくしたちは自分の命の目的についても、自分では選べずに生まれました。なぜ私は男性(または女性)に生まれたのか、どうしてこの体なのか。もう今からは逆らえませんが、自分がこのように生まれた目的がさらにあるはずなのです。
聖書は、神さまがわたくしたち一人ひとりを造ったのであり、一つひとつの命に使命があると見ます。そして、神さまはイエスさまによってわたくしたちへと呼びかけ、神さまが与える命へと私を生かします。どんなふうに生まれても、今の私がどのような状況にあっても、そこから神さまが生かす命があるというのです。
神さまは、お造りになった一人ひとりを永遠の命に生かそうとなさいます。イエスさまが死を越えて私をこの命に生かしてくださいます。神さまはこの命と私を一つにしてくださいますから、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはなりません。神さまがお与え¥になる命に一人ひとりが生かされ、地上に生まれた者としてふさわしく顔を上げて歩ませていただきたいと願います。